分布定数系の多分解能モデリング・解析・制御

研究の着眼点と目的

 偏微分方程式で記述される分布定数系を、 空間離散化することで得られる有限次元近似システムは、 離散化幅を空間分解能とする多分解能システムの典型例である。 本研究の目的は、”分布定数系の多分解能システム表現”の捉え方および意義をモデリング・解析・設計論の立場から議論することである。また、空間的に分布する物理系の扱いは産業応用上重要であることに鑑みて、具体的な制御対象として産業応用的にも確かな意義のある電磁型締め装置内の電磁石を採用する。

対象とする物理システム(参考文献1)

 成形加工において金型に圧縮力をかける工程を型締め工程と呼ぶ.当初,油圧を駆動源にした型締めが主流であったが,近年は省エネルギーの観点からも電動化が進む傾向にある.このような中,電磁石により型締めを行う電磁型締め装置が提案されており,高精度な成形加工が可能になるといった特長をもつ.

 ところで,この電磁石による型締め装置において,力の応答特性が扱いにくく,試行錯誤的な制御器調整で所望の応答を実現するのが困難であるという問題が発生している.この現象は電磁石鉄心内部に流れる渦電流に起因することが予想されるが,渦電流は鉄心に分布して流れるため,分布定数系の問題となり,そのモデリングは極めて困難である.

多分解能モデリング(参考文献2)

 電磁石鉄心内部に分布して流れる渦電流を考慮するため,ここでは,電磁石鉄心をN 個のチューブ状に空間離散化し,モデル化をおこなう.立式そのものは標準的な物理法則の組み合わせのみであり,高度な数学的知識は必要ない.

 特徴はチューブの分割数Nが 空間解像度に対応する可変パラメータとなっている点である. このNはモデルの次元そのものであり, Nを大きくとるにつれて実機と類似した挙動を示し, 分布定数系特有の振る舞いをすることを確認した.

偏微分方程式モデル(参考文献3)

 導出した多分解能モデリングをもとに, 物理系に内在する構造を表現している偏 微分方程式が自然に導出できる. これにより対象とする,系が本質的には位置座標に比例 する熱伝導係数を有する熱伝導系と同一であることがわかった.

周波数分解モデル(参考文献3)

 こうした物理系のモデリングにおいて,「空間解像度と周波数解像度」は一般に強い関連がある.例えば,提案モデルにおいては,空間解像度を上げるにつれ応答の高周波特性が再現される(低周波特性は低空間解像度でも再現できる).言い換えると,高周波特性を表現するには全体域の特性を再現せざるを得ないため,不可避的に極めて高い空間解像度が必要となる.

 一方,偏微分方程式は無限次元ではあるものの,簡明な形で全帯域の挙動が集約されている.例えば単純に伝達関数をTaylor展開するだけでも,所定帯域におけるモデルが得られる.こうした周波数分解モデルでは,素朴に次数を上げていく場合と比べて,はるかに(次元の意味で)単純なモデルにより高周波特性まで再現できることを確認した.

設計結果

 GKYP補題(参考文献4)を用いて,PI制御器の設計をおこなった.

  1. 単純にN=100としたモデルを規範とした場合,次元の高さに起因する数値的不安定性により解が得られなかった.
  2. 単純にN=10としたモデルを規範として得られた制御器をN=100としたモデルに接続すると,不安定性を引き起こした.
  3. 提案モデル(3次元モデルを3つ)を用いた場合,計算量は3つのケースのうち最小であり,さらに実機に対しても所望の特性を達成することができた.

今後の展望

 本研究の結果は,分布定数系を多分解能システムとして捉える場合に,空間、周波数など異なる多分解能表現があり、そこには得失があることを示唆している。また、このケーススタディにおいて提案した周波数分解モデルにもとづく解析・設計手法は,空間的拡散構造を有する分布定数系全般に応用可能であると考えられる.こうしたモデルは生物内部の化学反応モデルや数理ファイナンスモデルなど新しい領域の応用で頻繁に現れるため,それらに対する解析・制御の新しいアプローチとしてその発展性が期待できる.

参考文献

1) 守谷,森田,山本:公開特許広報,特開2007-290172
2) 加藤,森田,石崎,加嶋:電磁型締め装置のモデリングと制御I -電磁石の分布定数モデリング-,第9回計測自動制御学会制御部門大会資料 (2009)
3) 石崎,加嶋,井村,加藤,森田:電磁型締め装置のモデリングと制御II -GKYP補題によるPI制御系の設計-,第9回計測自動制御学会制御部門大会資料 (2009)
4) 原辰次:有限周波数KYP 補題とその動的システム設計への応用,計測と制御,第44巻,第8号 (2005)