量子制御で重要な問題の一つに,quantum state preparation がある. q-bit の候補として考えられている量子スピン系であれば, 情報を表現する q-bit に対応したスピンの向きの任意の並びを,自由に実現し なければならない.これを quantum state preparation と呼ぶ. また,量子系は外界のノイズの影響を受けやすく,求められる量子状態を長時 間に渡って安定的に維持するには,何らかのフィードバック構造を必要とする. 任意の量子状態を実現し,それを維持するために現在考えられている一つの制御 手法が,連続測定と呼ばれる量子系の測定方法を用いたフィードバック制御であ る.Fig. 1 は連続測定を実現する測定系の摸式図である.
Stern-Gerlach の実験は直交測定と呼ばれるが,量子状態を直接観測し, 一回の測定により量子状態は固有状態の一つに jump し,それに対応する観測値 を得る.一方連続測定では,対象(スピン系)と測定の媒体(光)とを干渉させ, その干渉光を連続的に測定することにより,間接的に測定対象の量子状態を時々 刻々測定(予測)するのである.
1980年代に Belavkin により,連続測定下における量子状態の推定に関する基礎 理論が構築され,その後,Wiseman, Doherty らによる1990年代から2000年代 にかけての一連の研究により,Fig. 1 の測定系のもとでの量子状態(の予測値) の,Schrodinger 方程式に基づく時間発展が, 非線形伊藤型確率微分方程式となる以下の形式にまとめられてい る.
上式により が時々刻々得られる.これをもとに,
スピン系に対して磁場をかけ,その強弱をフィードバック制御する.
この制御の影響を加えると,以下の微分方程式となる.
ところで上式は非線形の確率微分方程式に従うダイナミクスであり, 量子系の興味深い振る舞いを表す.またそのようなクラスは, 既存の制御理論では扱うのが困難であり,新たな解析や制御系設計のための理論 を必要とする,近年活発な研究対象となっている.
このような量子制御の研究は,1つには具体的な量子情報機器の実現のた めの,基礎技術の確立としての側面を有している.一方,量子力学系の観測と操作とい う問題を通して,制御理論の観点から自然科学上の新たな発見が期待できるとい う点も注目されている.本研究は,これら2つの大きな目的のために行われてい るといえよう.