研究の方向性:

Hetero/Homo混在システム設計理論〜

付録資料
 
1.超スマート社会システム実現の視点から
 
1.1 理工学をとりまく状況・諸問題

 近年,我々の社会・生活は様々な問題にさらされている.例えば環境問題,地域・

経済格差,人種・文化交流にまつわる諸問題,バリアフリーの実現,老齢化問題等で

ある.これらは,理工学が個人レベル・個体レベルでの問題解決の方策を提供するだ

けでは全く不十分であり,多数の異なる個性や異質のモノどうしが互いに影響を及ぼ

しあう,極めて大規模で複雑・ヘテロジニアスな社会やシステムを,どのように調和さ

せるのか,という難しい問題であるといえる.このような状況のもと,「第5期科学技

術基本計画」では 「Society 5.0」 という概念を打ち出し,上述の多様で異なる個人・個

体からなる社会が,お互い満足しながら存続し続けることを目指し,そのための科学

技術を培うことを目指している.しかし注意しなればならないのは,このような問題の

解決には,理工学における縦型の研究の寄せ集めでは不十分であり,分野横断型で

総合的研究が不可欠であるということである.

 

1. 2 あるべき社会の姿とスマートなシステム

 様々な状況変化,異質のものが混在する社会システムが,それでも互いに満足・協

調しながら持続していくには,それは「スマート」であらねばならない.そして現代の理

工学は,それをサポートする方策を提供しなければならない.そのようなスマートなシ

ステムは,社会システムに「効率性」,「自律性」,「適応性」をもたらすものでなければ

ならない.「Society 5.0」では,それを実現するための基盤技術として,IoT技術,ビッ

グデータ解析,AIの進展を目指している.これらはそれぞれ重要な要素技術ではあ

るが,重要なことは,それらが互いにどう結び付き,連携するのかといいうことであ

る.例えばIoTは,実世界・物理世界の膨大な情報をセンシングによって情報世界に

取り込み,計算能力とインターネット技術を通して,新しい価値を創出するものといえ

る.情報の解析にはビッグデータ,AIの技術が使われる.しかしながら,情報獲得の

ための計測・センシング技術と,情報世界でビッグデータやAIによってもたらされる

予測や最適計画をどのようにして実世界に反映させるのかという制御技術の進展も

不可欠であるといえる.

 

1. 3 スマートシステムの実現

 調和的システムがどう実現できるのかを,物理システムと情報システムとの間のつ

ながりの視点で俯瞰すると,おおよそ

 

・実世界の現状認識(計測,データ収集等)

・将来予測と意思決定(AI・ビッグデータ・計算機:学習・最適化に関する先端高度情

報処理)

・実世界への働きかけ(制御)

 

で構成される.以上で言及した,計測技術,AI,ビッグデータ,計算機技術,マンマシ

ンインターフェース,制御の全てが有機的に相互連結しなければ,調和的システムの

実現には至らない.

 

ここで特に実世界への働きかけは,実世界の物理特性を十分考慮したものでなけれ

ばならず,制御工学の得意とする分野である.その制御システムはまた,従来の1

1のためのものでは全く不十分であり,それは

 

 ・階層分散構造(大規模複雑・局所性と大域性の混在)

 ・異なる時空間スケールへの対応

 ・環境変化・不確かさへの対応(同質性の重複からなるロバストネスの確保)

 

の特性を持つ必要がある.つまりヘテロジニアスで大規模な対象を,いかにして制御

するのか,計測・AI・計算機技術とどう連携し,現実的な計算量で設計するのか,環

境変化へのロバストネス確保のため部分的に同質性(ホモジニアスな性質)を持たせ

る,という困難な課題を解決しなければならない.

 

1. Hetero/Homo混在システム設計理論の確立

 以上の議論から必要とされる制御系は

 ・本質的にヘテロジニアスで大規模な系を対象とする

 ・環境変化に頑健であるためのホモジニアスな性質を有する

という相反する性質を実現する必要がある.このような性質を持つ調和システム・制

御システムは階層分散型であるべきと考える.つまり下位層・中間層・上位層といっ

た多層の構造を持ち,ヘテロジニアスな多数の個人・個体は下位層に,それらをまと

めて全体としてホモジニアスな共通の性質を抽出し中間層・上位層とみなすのであ

る.調和的システムを表現するモデル・それを制御する制御システムは,互いに整合

した階層分散構造を有し,より下位層では計測技術・制御技術が重要となり,より上

位層では予測・意思決定のプロセス(AIや計算機技術)が重要となり,それらが有機

的に相互連結する必要がある.これらの各分野と連携し,その中で必要とされる

Hetero/Homo混在システムのための制御工学・制御理論の確立を目指すべきであ

る.

 

2. 制御理論が関わる諸問題における Hetero/Homo混在システム

 生物の多様な機能は,それを構成する個々のサブシステムの多様性にある.例え

ば運動系においては,外界情報の取得から脳内・脊椎へ,また筋肉への情報伝達の

経路は一様ではなく,情報量は少ないが速い経路,情報量は多いが遅い経路等が組

み合わされ,調和のとれた運動が実現している.一方で,そのうちの一つの神経経路

内においては,ノイズへの耐性,神経系の欠損といった不確かさへの頑健性の確保

のため,同質の神経軸索が複数重複している.生物におけるこのような異質な機能と

同質な機能の調和構造の解明が,生物の理解と創薬につながる.

またミクロな物理現象を扱う量子力学系においては,その挙動をフィードバック制

御するという量子制御の研究分野がある.これは物理的システムであるところの量子

系に対して,観測とフィードバック制御を施してなにができるのかを解明する研究であ

り,物理学と制御理論が融合した研究分野といえる.従来は単体あるいは低次元の

量子系の制御に関する理論研究が主であったが,近年,多数の量子系が観測・制御

の操作を通して互いに連結している量子ネットワークの研究が注目されている.この

ような研究の目指すところは,長いビット長をもち量子もつれ状態にある量子系を生

成し,量子計算機に応用することにある.このような量子系の問題は,いかにして

個々の量子系の間の相関を制御しながら,全体として望まれる機能を持たせるか,と

解釈でき,Hetero/Homo混在システムに対する制御理論構築の一つの側面を取り扱

ったものと解釈できる.

 

 

異なる物理スケール・複雑度を持つ制御対象と研究分野の広がり

 
3.研究・教育体制
 上述した「スマートシステム」の実現や,Hetero/Homo混在システムの視点
に基づくシステムバイオロジー,量子ネットワークの研究を推進するために
は,計測技術・AI・ビックデータ・計算機技術・マンマシンインターフェー
ス・制御技術といった,これまで各研究室レベルで開発されるところの個別の
要素技術を深化させつつ,複数の研究室・組織が共同で取り組む分野横断的な
研究体制が不可欠である.また研究に従事する研究者・学生に望まれる理想像
は,自身の専門分野の知見を深化させつつ,一方で広い視野を持ち,研究室の
枠を超えて異分野の話題に積極的に取り組む姿勢である.教育・研究室の運営
は,深化と異分野交流の両輪が必要との考えで実施されるべきである.
 

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