量子制御技術のための制御・量子・情報理論の

融合計画

 

関連する参加研究プロジェクト・研究会:
          科研費基盤研究(B)(研究代表者,20132015, 20162018年度)
 
 

学術的背景

量子力学系の観測理論に基づいた量子フィードバック制御(図1参照)は, 2000

年代から制御理論の分野のホットなテーマの一つとなっている.一方で1999年か

ら,通信容量制約下のフィードバック制御における制御性能と通信容量の研究が注

目を集めた.この研究は制御理論と情報理論の融合を進め,情報量・エントロピーの

概念で両分野の理論が横断的に進歩した.これらに関連した素朴な疑問は,「量子

制御において必要な情報量の下限はどれだけか?」である.本問題は次の様々な

興味深い問題を含んでいる(図2参照)問題(1) フィードバック制御の視点から見

た,量子力学系における適切な情報量とは何か? 問題(2) 制御対象(量子力学系)

が不確かなとき,その推定にどれくらいの情報量が必要か? 問題(3) 情報量の観点

から,古典力学系から見た最適な制御対象(量子力学系)とは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これらの問題に関連して研究分担者による以下の知見がある.量子計算アルゴリ

ズムで用いられる量子力学系の確率分布は,シャノン情報理論による相互情報量で

記述するのは不十分である.そこでベイズ統計に基づいた量子系に対する「無情報

事前分布」なる概念を新たに導入する[文献26]ことにより,意味のある「情報量」を

導入することができる.一方で,量子計算機(例えばD-waveマシン)は,量子力学的

効果を利用した量子アニーリング[文献A-1, 31]を実現したものであり,さらなる

向上を目指したアルゴリズムが研究分担者によって提案されている.しかし,これは

物理系のパラメータの推定精度により,最適化問題の解の精度が大きく変わってしま

う.これらの課題の解決には,量子計算システムの同定と誤り訂正を含んだロバ

ストなアルゴリズムへのフィードバック制御機構の設計,および適切な情報量に

基づいた計算精度の基準が不可欠である.

 

以上の知見を踏まえると,上記問題の解決には,それぞれ,問題(1) 制御と量子

情報理論,問題(2) システム同定と量子情報理論,問題(3) 制御と量子力学系シス

テム設計理論,の融合が不可欠である.そこで本研究では,情報量に基づく制御・

量子・情報の理論の融合を主目的とし,それによって個別の問題の解決と量子シス

テム設計論の確立を図る.

 

研究代表者・分担者の一部はこれまで,例えば量子光通信に対して古典理論限界

を超える通信精度の理論および実験結果を得ることに成功した(Science, 20129

月号に発表, 7ページ・文献20参照).これは,実際の量子系に対するフィードバ

ック制御理論の有効性が,実験によって検証されたという意味を持ち,同時に推定の

観点で観測信号の意味づけに大きく寄与した.本研究は,制御・量子・情報の融合に

より,これらの理論をさらに深化させるものである.

 

本研究の主目的

以上を踏まえ本研究では,動的な量子力学系を研究対象とする,量子フィードバ

ック制御理論量子力学系のシステム同定量子計算理論の各分野を,量子力学

系の情報量に基づく統一した視点で分野横断的に融合し,制御理論・量子力学・情

報理論の3分野にまたがる普遍的原理の解明統合理論の確立をめざす.また応

用研究として,統合理論を適用することにより,各分野の既存の量子システム・古典

システムの性能を凌駕する,優れた量子システム(主として量子計算機)の具体的

設計手法の確立を目指す.

 

どこまで明らかにするのか

多くの理論研究の発展がそうであるように,分野横断的かつ根源的な問題に注目

し,それを解くために必要となる理論を開発することにより,制御理論・量子力学・情

報理論の各分野の理論の融合を図る.特にここでは「学術的背景」で説明した問題

(1)(3)の解決を目指し,情報量という共通する概念に着目し,次のような具体的な

課題の解決を目指す.

 

課題(1) 量子フィードバック系に必要な情報量の導出

課題(2) 量子力学系に対するシステム同定法の確立とそれに必要な情報量の導出

課題(3) 同定・フィードバックを前提とした量子力学系の最適設計手法の導出

課題(4) 課題(1)(3)の結果を相互に関係づけることによる理論統合

 

 

 

 

 

 

学術的な特色・独創性

近年,量子制御,量子統計,量子計算の各分野における基礎研究は進展している

ものの,その実装を考えると個々の問題の解決では十分な性能を発揮できないとい

う課題に直面している.このような課題の解決には,制御・量子・情報の各研究分

野の理論の融合と統一理論の確立が不可欠である.本提案研究グループの大きな

特色は,それぞれの研究分野のエキスパートで構成されている点にあり,情報量と

いう視点でそれぞれの分野の概念を共有化することにより,統合理論への展開が

実現する.実際,先行研究(10ページ参照)において,制御理論と量子力学の理論

を融合し,実証実験を伴った重要な結果を得た(7ページ・文献20参照).量子フィ

ードバック制御の理論研究分野では,フィードバック則の構成法などが整備されてき

ているが,観測系に求められるスペック(どれくらいの情報量を引き出せるか)といった

点については不明である.また量子統計の理論研究分野では,情報量の概念そのも

のや状態推定についての研究が進められているが,推定結果がフィードバック制御

に用いられることを想定したものではない.さらに量子計算においては,実現したシス

テムの不確かなパラメータ推定(システム同定に相当)および計算機への修正信号の

設計(フィードバック制御に相当)の問題が最重要課題となっている.本研究はこれら

の問題の解決のためには,制御・量子・情報の各理論の融合が不可欠とし,特に

子情報システム(量子計算機など)で本質的な情報量の概念で相互に結びつけて

理論の統合を図るものである.この点が独創的で世界初の試みであり,これによっ

て将来の実機実験を見据えた,汎用性のある統合理論の確立および量子システム

の設計手法が提供できる.

 

予想される結果と意義

本研究の目標が達成されれば,次の結果が得られることが期待される.

(1)      制御・量子・情報の統合理論構築とその展開

これまで個別に整備されてきた各分野の理論を,情報量の共通概念を用いること

により理論的隙間無く統合できる.これにより各分野で個別には解くことが困難と

考えられてきた諸問題,例えば通信容量制約下の量子力学系のフィードバック制

御,高精度な誤り訂正符号による量子計算など,新たな機能を伴った量子シス

テムの問題を解決するための手立てを与えられる.

(2)      汎用性のある量子力学システム設計手法の確立

システム設計に汎用的に用いることのできる設計手法が確立され,それを適用す

ることにより,従来のものに対して,より高性能でロバストなシステムが実現さ

れる手立てを与えられる.

これらの予想される結果は世界で初めてのものであり,理論的にも実用的にも
新規性重要性の極めて高いものであり,当該領域にもたらす意義は非常に大
きいと考えられる.

 

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