関連する参加研究プロジェクト・研究会:
● 豊田理化学研究所・特定課題研究
「制御・情報理論による生物システムのロバストネス解析と設計
(研究代表者,2014〜2015年度)
【研究の背景】
近年,遺伝子ネットワークや細胞集団の振舞いを大規模な動的システムとみな
し,その機能を解析・設計することを目指すシステム生物学の研究が活発であ
る.生体内現象の基本はタンパク質等の生化学反応にある.その構成要素や素
反応は単純であるが,システム全体として,化学反応速度の変動幅,環境の変
化,外乱等の大きな不確かさのある中で,一定の機能をロバストに実現してい
る(細胞工学,2014, Vol.33
No.1).
これまで,複雑な生体内システムの理論解析を通して,上記ロバストネスがも
たらされる仕組みの議論が行われてが,制御性能やロバストネスの限界に関す
る定量的議論は十分ではなく,また様々な生体現象のロバストネスを統一して
捉える理論も存在しない.したがって例えば将来的な疾病治療などを見越した
生物システム設計論へとは必ずしも向かっていない.
この問題に対して我々は,制御理論,その中でも特に通信容量制約下での制御
理論が生体ロバストネスを定量的・統一的にとらえる理論として有効であるこ
とを見出し,その応用展開を進めている.
【アプローチ】
制御工学は制御対象に望みの振る舞いをさせる技術体系・設計理論である.フ
ィードバック制御はその基礎であり,それによりノイズや制御対象の不確かさ
に対するロバストネスが確保される.また最近,複数の動的システムがネット
ワークを介して相互接続したネットワークドシステムに関する研究が盛んであ
る.その注目すべき研究の一つは「通信量制約下の制御問題」である(Wang &
Brockett, IEEE TAC 1999).これは制御理論と情報理論の融合といえ,与えら
れた制御性能を達成するため必要とされる,システム間を流れる信号の通信路
容量の下限を厳密に与えるものである.その本質は,「通信路容量(ハードウェ
アの制約)⇔信号や動特性の不確かさの減少度(ロバストネスの性能)」の関係の
定量的な明確化にある.情報量や容量などの量を介してシステムをとらえるた
め、工学システムと素過程の異なる生体システムでも適用でき,不確定性など
が偏在する生体システムに特に有効であると期待される.
【目的】
以上を背景に本研究では, 生物システムについての次の問題:
「生物システムのハードウェアとしての制約=情報伝達の制約」と
「制御性能限界・ロバストネス」の定量的関係を解明することを本研究の目的と
している.これを解決するため本研究では,次の3項目に注目して課題の解決
を目指している.
(1) 情報伝達特性の解析:生体反応システムの一般的な数理モデルを用いて,
物理的制約がもたらす情報伝達特性を理論的に解明する.
(2) 制御性能限界・ロバストネスの解析:(1)の結果とネットワークド制御理論
などを用い,生物システムの制御性能限界およびロバストネスの程度を定量的
に明らかにする.
(3) 生体システムへの応用:上記の一般的な理論結果を具体的な生体システム
に適用し、その有効性を検証するとともに、生物学的な新規知見の探査と理論
に基づく生体制御の可能性を模索する.
【期待される結果】
本研究は制御理論および情報理論を用いて生物システムの解析を行うという新
たな試みである.本研究により生物システムの制御性能限界やロバストネスの
限界が明らかにされ,それによって生物システムの系統だった解析・設計手法
がもたらされるものと期待される.また本研究は,将来的には疾病に対する治
療・創薬へとつながる基礎的研究と位置づけられる.