研究の背景近年のネットワーク技術やコンピュータ技術の目覚しい進歩により, 工学が扱うべき研究対象は,「複雑さの象徴である生命システム (遺伝子発現ネットワークなど)」,「通信ネットワーク」, 「気象・環境」を始めとして劇的に大規模・複雑化してきている. そのため,センサーネットワークなど高度な計測技術や超効率化された シミュレーション技法による予測技術などが盛んに研究され始めてきている. しかし,このような系に対して望みの機能を実現するためには,計測・予測 の高度化に留まることなく,それに基づいて具体的な働きかけを行う「制御」が 必要不可欠である.ところが残念なことに,扱う対象が大規模・複雑すぎるため, この本来の目的である「制御」を計測・予測と連携して扱っている研究は 皆無と言っていい状況にある.また,計測・予測・制御それぞれの分野での 研究も対象ごとに特化した研究が多いため,それらが連携し大きく展開して いく枠組みが構築できていないのが現状である. したがって,このような大規模・複雑系の本質を捉えた系統的な解析・設計手法を新しい動的システム論として構築していくことが重要である.そこでの大きな問 題は, 時空間的に局所計測や局所制御しか適用できないといった制約がある点にある. そこで,大規模・複雑系の制御の本質は,ローカルなアクション(計測・予測・制御)で 制御対象のグローバルな機能(例えば,系全体の平均的な挙動)をリアルタイムかつ 省エネルギーで実現すること(グローカル制御)にある,と捉えることができる. このような視点で制御理論を体系化することにより,様々な分野の大規模・複雑な実問題に対する解決が可能となり,「グローカル制御」という新しい研究分野の創生な らびにその核となる「グローカル制御システム論」の確立が急務である. |
主たる研究成果<基礎理論>
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研究の着眼点と目的 |
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本研究では,こうした大規模・複雑系の制御の本質は, ローカルなアクション(計測・予測・制御)で制御対象のグローバルな機能を 実現することにあると考える.そのため下図に示すように,
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これを「多分解能統合ネットワーク」と呼び,新しいシステム制御論を構築する.
その際,重要なポイントの一つはその枠組みをどうするか,すなわち
「多分解能動的システムの表現」をどう設定するかであり,それに関して新しい
概念や表現形式を提案してきている.
このような理論の体系化により,以下に示す例のように,これまで解決への道筋が 確立されていなかった多くの複雑な実問題に対する解決を与えることが可能となる.
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研究の視点:多分解能動的システム |
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上記で述べたなシステム大規模・複雑系を系統的に扱うためには,その本質を 捉えることが重要であることは言うまでもないことである.しかし,その本質は 何に焦点を当てるかによって異なってくる.ここでは,「制御」という視点に立ち, 大規模・複雑系を「空間,時間,周波数などにおいて,異なる分解能を有する 複数のサブシステムが相互に作用しあう異種相互作用系」として捉える. その理由は,我々が実際に取り扱うことができる情報量には限界があるので, 大規模・複雑系を対象とした解析・設計は,適切な分解能をもつモデルに基づいて 行う必要があるためであり,様々な制御系を多分解能動的システムとして捉える ことができる(「多分解能動的システムの具体例」を参照). しかしながら,これまでのシステム制御理論は,主として 「一様なシステムに対する理論」であるために,このような動的システムに 対して十分に対応できない状況にある. そこで,「多分解能性」に着目した新しい「システム制御論」の構築を目指した 研究活動を計測自動制御学会を中心に行ってきた(「活動概要」の項を参照). |
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多分解能動的システムの表現 |
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多分解能性に関しては,信号処理における分野で古くから多くの研究がなされている. ここで考える多分解能性は,信号に対する概念である多分解能性とは異なり, 動的システム間の相互作用における分解能(システムの分解能と呼ぶ)に着目する ものであり,複雑系を体系的に捉えることを可能とする. 特に,動的システムの情報が集約されている状態に着目し,「状態の分解能」という 新しい概念を導入する.また,異なる分解能を有するサブシステム間の相互作用を 表現するため,高(低)分解能な情報から低(高)分解能な情報への変換 「分解能変換器」に着目し分解能の階層構造を表現する(右図を参照). 例えば,「状態量子化埋め込み」や平均的な振舞いを本質的に特徴づける「低ランク性」 などが、有効な概念・原理となることが得られている.このように本研究では, 「状態の分解能」と「分解能変換器」に着目した新しい原理や概念・方法論を創出する ことを目指している. |
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状態の分解能と分類 |
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動的システムにおける多分解能性を取り扱うためには,動的システムの情報が 集約されている状態に着目し,「状態の分解能」という新しい概念を導入する必要がある. この概念は,システム自体の分解能として,システムの入出力信号の分解能だけ を考える のではなく,システムの内部状況を一意に把握することができる状態ベクトルに 対して 分解能を考えているところに特徴がある.分解能の種類とその例をまとめると, 右の表で表される. |
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多分解能動的システムの具体例 |
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これまでの制御理論として展開されてきたものの中にも,多分解能動的 システムとして素直に捉えることができるシステムは数多く見られる. 例えば,サンプル値制御系は連続時間系(時間に関して非常に高い分解能) と離散時間系(時間に関して低い分解能)の混在した系と捉えることが できるし,ハイブリッドシステム は状態が連続量(高レベル分解能) である連続系と状態が離散量(低レベル分解能)である離散系との混合系である. その他,パワーも稼動範囲もあるが帯域制限が強い主アクチュエータ とパワーも稼動範囲も小さいが応答性に優れたサブアクチュエータからなる 2段アクチュエータ制御系や,空間情報は得られるがサンプリング周期の 長い画像センサと短かいサンプリング周期であるが点情報しか得られない 位置センサとを組み合わせたビジュアルフィードバック制御系(図を参照) なども多分解能動的システムの例である.前者(後者)は分解能の意味で 異なるタイプのアクチュエータ(センサ)を利用した例であり,異なる 分解能が制御性能の向上に役立っている. 上記の諸例は,は異種のサブシステムの結合によって生じる多分解能性であるが, 単一系の中の多分解能性に注目しているものもある. 例えば,スケール量子化器を有する離散時間制御系が挙げられる. スケール量子化器とは原点近傍は細かく量子化し,遠方になるにつれて スケールで粗く量子化する量子化器のことをいう. また,遺伝子・細胞などミクロなレベルから,各器官のマクロなレベルに 至るまで,異なるレベルで様々な相互作用が調和して一つのシステムとして機能して いる生体反応も多分解能動的システムの例といえる(図を参照). また,ズームインを 用いたビジュアルフィードバックにおける移動体追跡制御系なども多分解能動 的システムの例である. |
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「多分解能動的システム」に関する活動概要大規模・複雑なシステムの動的システム論の構築に向け, 世界に先駆けて以下の活動を行ってきた.
また,平成20年8月には国際学会(SICE Annual Conference)でのオーガナイズドセッション 「Multi-Resolved Dynamical System」(題目:Multi-resolved dynamical system theory for large scale complex systems, Hierarchical structure and multi time-scale in large scale dynamical systemsなど全6件発表) を企画し,多分解能動的システム論の構築のためのアプローチに関する総論をはじめに, 多分解能動的モデリング,多分解能動的システムの安定性解析,多分解能制御, そして,経済分野の最適ヘッジングへの応用で構成し,世界に先駆けて国際的な展開を 始めようとしている. |
「多分解能動的システム」に関する参考文献
1) 原,井村:“制御の視点からの多分解能動的システム,”
第1回横幹連合コンファレンス, pp.307-308 (2005) |